【世界のミンワから】第36回「アリとセミ」

このコラムについて

世界は物語であふれています。面白い話もあればつまらない話もあり、学びがある話もあれば、全く何のためにもならない話もあります。
そんな世界各地に伝わるミンワを紹介していきます。きっと何かが感じられるはずです。

冬の一日。
アリは夏の間にためこんだ穀物を穴倉から引っ張り出して、乾かしていました。

腹をすかせたセミが来て、
「お腹がすいて死にそうだ。私にも穀物をわけてほしい。」
と頼みました。

「夏の間、いったい何をしていたのかね?」
とアリが尋ねると、

「怠けていたわけではない。忙しく歌っていました。」
とセミは答えました。

アリは笑ってしまい、小麦をしまい込みながら、こう言った。
「夏に笛を吹いていたのなら、冬には踊るといい。」

ココから解説です。
ギリシャで生まれたミンワです。
勤勉なアリと今を生きるキリギリスの話になって日本にも伝わっています。

セミからキリギリスに変わってしまったのは、ギリシャから北欧に伝わったときに、北欧にはセミがいなかったからだとされています。

それにしても日本ではキリギリスはほとんど見かけません。
見ても気が付かないだけかもしれませんが。
それでもそのままキリギリスなのは不思議な感じがします。
よく見る動物に置き換わってもいいような気がします。

そもそもキリギリスってバッタですが、それほどまでに享楽的に生きているのでしょうか?疑問は尽きませんが、ミンワではそのような存在として扱われています。

さて、今を生きるべきか未来のために穀物を蓄えるべきかという論点は非常に重要です。
今でいえば、立派な学校に入り、公務員になるために学生時代を必死で勉強すべきかどうかに置き換えられるかもしれません。
もしくは一流の職人になるために、皿洗いの修業期間を過ごすべきかどうかとも考えられます。

今を我慢し、未来へ投資すべきかはどちらが正しいというものではありません。
しかし、組織を運営するのであれば、今を我慢し、未来に投資する生き方を選ばせることが大切だと思います。
未来へ投資することによって本人は成長し、ビジネスはうまくいくことが多いからです。

思えば、日本は未来への投資を見せるのが上手でした。
終身雇用、年功序列という制度をつくり、今を我慢し、明るい未来を見せることで、若くて優秀な労働者を安月給で雇用していたのです。

ところが、若者もいつまでも言うとおりにしているわけではありません。
巷では45歳以上のリストラがすすみ、同期でも実力があれば出世していくし、先輩でも結果がだせなければ、降格していく。
これはどうやら、年功序列も終身雇用も危うそうだぞ。と。

それもそのはず、終身雇用も年功序列も人口が増加し経済が大きくなる時代でしか通用しないからです。
人口が減少すれば若手はいつまでも若手です。
最近では業界によって60歳でも若手だそうです。

気付けば未来への我慢はしなくなります。
就職の理由に自分が成長できるか?をあげ、自分が成長できない(意味のない仕事をさせられれば)気軽に転職をしていきます。

アリのように夏に蓄えたとしても、冬には穀物がなくなってしまうのです。
かといってセミのように今を楽しんだとしても冬にはもちろん穀物はなくなってしまいます。

結果として、今は夏に蓄え、一年を通じて消費をそれほどせずに生きていこうと考えている若者が増えています。

では組織としてはどうすればいいのでしょうか?
それは「明るい未来」です。今はとにかく、将来は明るいと、今も明るいし、組織の未来も明るいし、皆さんの未来も明るいと。
伝えなければ、組織もじり貧となってしまいます。

明るい未来を伝えるためには、組織を成長させるしかないわけです。
組織の成長なくして明るい未来は訪れません。

それにしてもアリとセミですが、
これが人間であれば、
「夏に笛を吹いていたのなら、冬には踊るといい。」
「ならば力づくでいただくとしよう。」
となりそうなものですが、どうなのでしょうね?