あの背中を追って-第16回

このコラムについて

ミンワとは泥や失敗やこっぱずかしさ、
カサブタやひだひだの一杯ついた本当の物語。
創業や商品開発、危機的状況を乗り越えるたびに新しく生まれています。
ミンワの新作は現代の企業における新しいミンワを紹介していきます。

毎週木曜日配信のミンワの新作。株式会社ジースタイラス「あの背中を追って」をお届けします。

今回で最終章です。

エピローグ 

 あれから、「社長とは何か」をずっと考えている。
 さきほど、学生の頃何度も読んだドキュメンタリーを書店で見つけ、文庫サイズのそれを買った。当時はハードカバーがボロボロになるほど読んだが、コンパクトなサイズで手軽に持てるのは不思議な感じがした。
 これを読んで現場にこだわってきた僕は、社長という役割について、考えが抜け落ちていたのかもしれない。
 もともと、学生時代に発起人だからと代表を務めていた。社会人になってからも、自分には向いていないと思っていたが、大学に六年も行っていたから遅れを取り戻したいという気持ちもあった。そんな思いで走り続けてきたが、リストラを決めるあの時まで、社長という立場をしっかり考えたことはなかったように思う。
 文庫本を手に持ち、学生の頃よく寝泊まりした上野公園を歩いた。平日の昼間だが、たまにこうして考えごとをするためにオフィスを離れる。がむしゃらに働いていた頃が嘘のようだ。リストラを実施して少しずつ他のメンバーに仕事を渡すようにして、三年ほど経ったころから、僕が営業に行かなくても会社が回るようになった。それからは業績が上がり続けている。
 今朝は、以前まで営業電話の一つもかけられなかったメンバーが、自分なりのやり方でいくつか契約を決めてきていた。昔なら、電話を掛けられない様子を見て「もっと電話した方がいいんじゃない?」と促してしまっていただろう。でも、人には人のペースがある。適切な声をかけて待っていれば、本当にずっと座っているだけの人はいない。だから、僕は毎日気にかけながら、待つことにした。その後、彼は自分でメールに工夫をして、受注が取れるようになったのだ。確かに彼のメールの文面は、いつのまにか誰よりも上手になっていた。その人なりのやり方でやればいいのだ。

公園では噴水の周りで、五歳くらいの女の子がシャボン玉を追いかけて走っている。あの子が大きくなるころには、日本の働き方は大きく変わっているだろう。今はまさに、変わり始めだ。これから劇的に変わっていく。
 年間で何十件も逆求人のイベントをやってきて、クライアントにも学生にも感謝される数が増えている。経験した企業からは、採用の第一候補に考えてもらえることが増えた。だが、まだまだ一部にしか広まっていない。もっと一般化していく必要がある。
 逆求人を広めるだけでなく、社長としてしっかりと事業を継続して、社員を守ることを考えるようになった。できれば僕は表に出ず、メンバーに輝いてほしい。個が輝く会社にすると同時に、個が輝く社会にしていく。
 僕は本を読もうと、ベンチを探してあたりを見回した。
 一瞬、目を疑った。
 昔、講演会で見たドキュメンタリー作家。あの頃より年を取っているが、間違いない。彼が足早に、目の前を通り過ぎようとしていた。僕は、迷う暇もなく駆け寄った。
「あの……!」
 その人は、横から駆け寄る僕の顔を見てから、手に持った文庫本に視線を落として立ち止まった。
「ああ、それ、懐かしいな」
 差し出す手に、僕は文庫本を載せた。彼はそのままぱらぱらと開く。
「学生の頃、同じ本をハードカバーがボロボロになるほど読みました。懐かしくて、またさっき購入したんです」
 そう聞いた彼は驚いた顔をして、僕を見る。日に焼けた肌と、深く刻まれたしわ。たくさんの修羅場を潜り抜けてきたんだろう。
「その本の出版講演を聞きに行ってから、僕は官僚になるのをやめて、社会問題に対峙しようと思ったんです。人材採用の事業で起業して、今年で十四年目になります」
「そう。若いのに立派だな。頑張って」
 彼は僕に文庫本を返すと、右手を差し出した。僕が差し出した右手を固く握り「じゃあ」と手を軽く挙げると歩いて行った。
 僕が彼を思い追いかけたように、僕はこれからの若い人たちが追いかけるロールモデルを輩出したいと思っている。逆求人に参加する学生や、今の会社ジースタイラスから生み出したい。これまでは人材を「つなぐ」ことが仕事だったが、それに加えて人材を「つくる」事業にしていく。
 僕もあの人のように、前へ進みつづけるのだ。

文 栃尾江美
絵 山本麻央