沈みゆくボート-10回

このコラムについて

ミンワとは泥や失敗やこっぱずかしさ、
カサブタやひだひだの一杯ついた本当の物語。
創業や商品開発、危機的状況を乗り越えるたびに新しく生まれています。
ミンワの新作は現代の企業における新しいミンワを紹介していきます。

毎週木曜日配信のミンワの新作。杜若経営法律事務所の「沈みゆくボート」。
今回で最終章。前回の第五章「がんが見つかる」の続きをお送りします。

エピローグ

「それにしても、岸田君にはびっくりしましたよね」
 向井は久しぶりに岡と飲んでいた。二人で飲むときは、決まって会社近くの居酒屋に行く。
「本当だよ。手術の次の日には退院して、その次の日には神戸に証人尋問に行ってるんだから」
 岡は冗談のように言うと笑った。
 岸田は以前より少し仕事のペースは落としたものの、セミナーに呼ばれることが増え、売り上げは上り調子だ。
「この間なんて、僕に毎年来てるセミナーの依頼が来ないなーと思ったら、担当の方に『岸田弁護士にお願いしました』って言われたんですよ。あっという間に僕よりセミナーが増えちゃって」
「ははは。岸田君は人気あるよね。でもそれは、向井先生が中国に行っているからでしょう」
 近ごろの向井は、月の半分ほどは中国に滞在している。
 中国は、労働者が一致団結して業務をストップさせるような労働事件がまだまだ頻繁に起こる。向井はそこにチャンスがあると踏んでいるのだ。
「岡先生は、僕が中国に進出したいって言ったとき、なんとも思わなかったんですか」
「いや、それは驚いたよ。国内でお客さんが増えているときに、向井先生という戦力が減ってしまうんだから。でも、向井先生のことだからちゃんと考えがあるんだろうし、信頼しているから」
「そうですか。でも、成功するかどうかは全然わからないですけど」
「成功とか失敗とか、僕は気にしていないよ。狩野先生も気にしていないと思う。僕が感じているのは、成果に対する信頼ではないから。向井先生の『想い』を信頼している。やるからにはきっと、何かあるんだと思ってる」
 向井は、岡からそんな言葉を聞いたのは初めてだった。
「僕はいろいろなことが『何とかなるだろう』って思っているんだけど、向井先生はそうじゃない。お父さんの事業のこともあるから、事務所を大きくしよう、変化させようとしてくれている」
 向井は改めて感じた。自分が岸田の成長を心から応援できるのは、狩野と岡のスタンスを受け継いでいるからだ。後輩が、先輩を追い越していくからこそ、事務所が成長できる。その考えは、向井が二人を通して教えられたものだった。
 初めてホームページを作ったときに、狩野も岡も全く反対しなかったことを思い出していた。
「もう一杯飲みますか? 」
「そうだね。じゃあ、あと一杯だけ」
 岸田の後には何人もの弁護士が入所している。彼らがもっと成長して、今度は岸田を追い越すような事務所になってほしい。
 注文した酒が運ばれると、二人の想いを重ねるように、カチンとグラスを合わせた。



文 栃尾江美
絵 山本麻央