【ミンワ経営のすすめ】第27回「山中伸弥教授の物語 」

このコラムについて

「物語の力を学び、経営に活かす」
創業時の物語、危機的状況を乗り越えた逆境の物語、商品やサービスが誕生したときのはじまりの物語、大切な社員たちとの出会いの物語。それらを学ぶことは業績アップの第一歩です。なぜなら、経営とは物語の集まりなのです。

今日の日本において、iPS細胞の研究でノーベル賞を受賞した山中伸弥教授のことを知らない人はいないでしょう。

今日は、そんな山中教授の物語。

山中教授は、はじめ、学生時代、柔道やラグビーで、ケガが日常茶飯事だったため整形外科に興味を持ち、整形外科の道を選びましたが、手先が不器用なこともあり2年で挫折します。

その後、基礎医学を学ぶために薬理学研究科に入学します。しかしここもすぐ辞めてしまいます。

1993年にアメリカのグラッドストーン研究所に留学しゼロから分子生物学を学びます。自ら発見したNATIというガン遺伝子を潰したES細胞を培養したところ多様な種類の細胞に分化する能力が失われることを発見します。

1996年帰国後に大阪市立大学医学部助手になりES細胞の研究をはじめ、山中教授は「受精卵から培養した生きた胚からではなく、遺伝子データベースからES細胞と同じような細胞を作る」という誰もやったことのない研究にチャレンジします。

2006年に遺伝子データベースの中から4つの遺伝子を選び、ウィルスを使って取り出した細胞に入れ込むと 、ES細胞のように分化多能性を持つマウス人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)になることを発見しました。これをきっかけに後にノーベル賞を受賞することになります。

山中教授は、はじめから医学者として順調な人生を歩んできたと思っていましたがそうではありませんでした。書籍の中でも、挫折があったと書いています。

日本固有の考え方だと、はじめに選んだものをずっと続けなくてはいけないと言った感覚が強くあります。中学などで、せっかくはじめた部活を辞めてしまうと周囲からがっかりされてしまうし、本人も何か大きな挫折のように感じます。

山中教授から、わたしたちが学ぶことは、どんどん領域を変えながらチャレンジを変えていくことが大切だということです。領域を変える中で、新しい自分を発見したり、本当に自分のやりたいことが見つけることができるということです。

人間は楽しいと思えることに没頭することで幸せを感じることができるし、良い成果を上げることができるのだと思います。