沈みゆくボート-第7回

このコラムについて

ミンワとは泥や失敗やこっぱずかしさ、
カサブタやひだひだの一杯ついた本当の物語。
創業や商品開発、危機的状況を乗り越えるたびに新しく生まれています。
ミンワの新作は現代の企業における新しいミンワを紹介していきます。

毎週木曜日配信のミンワの新作。杜若経営法律事務所の「沈みゆくボート」。
前回の第三章「新人弁護士のスピード感」の続きをお送りします。


第四章 出版にまつわる大炎上

岸田が入所して二年ほど経った。向井は、岸田がほとんどの仕事を一人でできるようになったと感じていた。
「後輩が先輩を超えないと、事務所は成長しないから」
それが、向井の口癖だった。
「向井先生、お電話です。出版社の方だそうです」
岸田が受けた電話をつないでもらう。
「はい。向井です」
「ダイヤモンド社の川口と申します。向井先生のホームページを拝見しまして、出版の企画をお持ちしたいのですが」
川口の用件はこうだった。社長や企業の立場で労働問題を語る本を、著者として出版しないかと言うのだ。
これはすごいチャンスだ。断る理由もない。インタビューに答えるように話せば、ライターが原稿を書いてくれるという。書籍を出版すれば、ホームページに訪れない人にも宣伝効果がある。これまでよりもずっと問い合わせが増えることが期待できる。また、書籍を出していることで拍が付く。セミナーなどにも効果的だろう。

編集者の川口と、ライターの三人で何度もインタビューを重ねた。
「同意がない中で解雇することは難しいのですが、『辞めたらどうですか』としつこく言うのは違法ではないんです。例えば、三〜四回ならまったく問題ないですね。もちろん『馬鹿』とか『死ね』などは言っちゃだめですよ」
「それを利用したリストラの方法もあります。私もいいこととは思わないですよ。ただ、実際これで裁判になって争われたことはないから、事実として紹介すると… … 」
向井はざっくばらんに、包み隠さず事実を述べた。企業として知っておいた方が有利なこと。もしかすると、労働者から見るとひどいと取られるかもしれないが、推奨しているわけではないのだから。
実際には、必ずしも労働者側が弱者なわけでもないのだ。モンスター社員に悩まされたり、突然の要求に社長がうつ状態になってしまったり、実質会社を乗っ取られてしまったり… … 。さまざまな境遇から企業を守るためには、持っている情報をできるだけたくさん伝えるのが適切だろうと考えた。
インタビューや原稿はスムーズに進んだ。業務の合間に細かく原稿チェックをするのは骨が折れたが、それもスケジュール通り終わらせた。
晴れて、二〇一二年の三月に、ダイヤモンド社から『社長は労働法をこう使え! 』が出版された。

続く…


文 栃尾江美
絵 山本麻央