沈みゆくボート-第2回

このコラムについて

ミンワとは泥や失敗やこっぱずかしさ、
カサブタやひだひだのいっぱいついた本当の物語。
創業や商品開発、危機的状況を乗り越えるたびに新しく生まれています。
ミンワの新作は現代の企業における新しいミンワを紹介していきます。

毎週木曜日配信のミンワの新作。杜若経営法律事務所の「沈みゆくボート」。
前回のプロローグの続き、第一章「これからの戦略」をお送りします。


第一章 これからの戦略

向井はセミナー会場で、講演を聞いていた。テーマは法律事務所向けの「インターネットを使ったこれからの顧客獲得法」。
「これからは、ヤフーやグーグルをうまく使えば集客できます」
「〝過払い金〞のキーワードを使って、顧客を集めるんです」
登壇している若い講師が得意満面に話す内容は、向井の理解を超えるものだった。ホームページを作り、キーワードを使った広告を出せば人が集まるというのだ。
講師は「過払い金」のキーワードをしきりに勧めるが、向井はそこに焦点を当てることには疑問を感じていた。
二〇〇六年以前、利息制限法に違反した高金利で貸し付けを行っていた消費者金融などが多かった。利息制限法の上限を超えた利率で返済に応じた債務者は、弁護士などに依頼して返還請求をすることで払い過ぎたお金を戻してもらうことができる。二〇〇六年に、最高裁で過払い金の返還請求が全面的に認められたことで「過払い金」が流行語のようになった。
「一年で『億』は固いですよ」
五十名ほどの参加者が、息をのむ音が聞こえたような気がした。これから増えるであろう「過払い金」の依頼を一手に引き受けることができれば、それくらいの売り上げが約束されるというのだ。
向井は、何度か過払い金の案件を担当したことがある。ファックスで返還請求をすれば、二十万〜三十万円の売り上げになる。正直「これはすごい! 」と思った。確かに割のいい仕事だ。しかし、このような仕事ばかりでは自分の成長が見込めず、未来がないのではないか。目先の売り上げに惹かれて、先細りになるようなことは避けなくてはならない。
「〝過払い金〞ではなく、労働問題に焦点を当てたキーワードでも集客できるんじゃないだろうか… … 。それに、その方が将来的にも有利だ」
労働問題は狩野法律事務所の強みだ。企業側の労働問題を扱う法律事務所は少ないから、そこで目立てば千載一遇のチャンス。今も昔も、無法地帯のような中小企業は多い。かつ、弁護士が増え続け、費用が安くなっている。つまり、労働者側が企業を訴えやすくなるということだ。そうなると、企業側も弁護士を付けて戦わなくてはならない。企業サイドに立つ弁護士が、今よりもっと求められるようになるはずだ。労働問題で窮地に立たされるような中小企業を守っていきたいという強い想いもあった。
何をキーワードにするにしても、検索した人に対してアピールするホームページを制作しなくてはならない。ホームページ制作を業者に依頼する場合は、一五〇万円以上かかるという。向井にとっては大金だ。
しかし、セミナーでの話を聞いて気持ちは激しく高揚していた。時代は大きく変わりつつある。ここに未来があるかもしれない。ホームページからの集客に、何としても賭けてみたい。

続く…


文 栃尾江美
絵 山本麻央