ほんとうは教えたくない とうかいのいまはむかし-第7回

このコラムについて

ミンワとは泥や失敗やこっぱずかしさ、
カサブタやひだひだの一杯ついた本当の物語。
創業や商品開発、危機的状況を乗り越えるたびに新しく生まれています。
ミンワの新作は現代の企業における新しいミンワを紹介していきます。

毎週木曜日配信のミンワの新作「本当は教えたくないとうかいのいまはむかし」。前回の第三章の続きをお送りします。

第四章 顧客の成長のためにできること

開業して三年ほど経ったころ、年間の売上は数千万円を超えるようになった。二人の女性社員もよくやってくれている。忙しかったが、顧客と会社が成長していくために、一生懸命働いて我々が成長するのは当然だと久野は感じていた。自分はそれ以上に努力し、働いているのだから。
それに、もっと新しいビジネスの仕方を模索していた。セミナーを開いたり、メルマガを発行したりと、さまざまな施策に取り組んでいる。
久野は、女性社員がお互いに愚痴を言い合っていることを知らなかった。久野が新しい仕事をどんどん割り振ってくるため、時間の見積もりがしづらく、残業が増えてしまう。新しいことをやるのは、精神的なストレスも高まる。しかも彼女たちがやりたくてやっているわけではない。久野が勝手に決めて、始めてしまうのだ。
「俺がこれだけやっているんだから、みんなもっとできるはずだ」
二人は、久野からそんな雰囲気を感じていた。幸いにも責任感が強かったため、すぐに辞めることはなかったが、不満は少しずつ蓄積していた。

ある日久野は、里山の会社を訪問した。応接室で、いつもと同じコーヒーを飲みながら話す。
これまでも何度か、里山は若手経営幹部の意識の低さを嘆いていた。どこの会社も同じだなと久野は思う。
「何も言わなくても、久野ちゃんくらい頑張ってくれればいいんだけどね。でもそこまで手が回らないんだよ」
「そうですよね。大企業みたいに研修をまとめてやるのも難しいですし」
「そこで相談なんだけど、社員教育の手伝いしてくれないかな。顧問料とは別に払うからさ」
「社員教育?  ええと。はい、私にできることなら」
久野は二つ返事で受けた。
事務所に戻ってから考える。社員教育とは、何をすればいいのだろう。「久野ちゃんくらい頑張ってくれればいい」と里山は言っていた。加えて、自分の社労士という専門的知識も活かしたほうがいいだろう。
月に一度、授業のようなスタイルで講習会をすることにした。

「新しいことばかりやっていて、私には付いていけないと思ったんです」
久野がそういわれたのは、顧客のための社内研修「未来塾」を立ち上げてまもなくだった。
二人いた女性社員のうち、一人は先月辞めてしまい、もう一人がたった今退職を願い出た。二人は辞めるタイミングを見計らっていたのだった。新たに別の社員が二名入り、引継ぎが終わると、申し合わせたかのように、順番に退職を告げた。
久野は引き止めなかった。辞めるのはもう、仕方ない。成長する意欲がないなら、うちの会社には向いていない。
その日の仕事が終わると、車に積んであるスニーカーに履き替えた。白山のふもとに車を停め、スマホを片手に足元を照らしながら登った。
小さな山に登った先にある白山神社。ベンチに座り夜景を見ながら一人考えていた。

本気で成長したいと願う人は、どこにいるのだろう。


文 栃尾江美
絵 山本麻央