やくざいしまるやまだいすけのおはなし-第2話

このコラムについて

ミンワとは泥や失敗やこっぱずかしさ、
カサブタやひだひだの一杯ついた本当の物語。
創業や商品開発、危機的状況を乗り越えるたびに新しく生まれています。
ミンワの新作は現代の企業における新しいミンワを紹介していきます。

やくざいしまるやまだいすけのおはなしについて

新しい医療サポートを始めようと思ったきっかけの物語。
医療機関と患者さんとの間に、まだまだ溝があることを感じた日々。
薬剤師の丸山は自分ならばその溝を埋める手助けができるのではないか、と考え、そして行動に移しました。
これは薬剤師として感じた悔しい思い、嬉しい気持ち、未来への希望が新しいサービスを生み出すに至った物語です。

毎週木曜日配信のミンワの新作「やくざいしまるやまだいすけのおはなし」。前回のプロローグの続きをお送りします。

立場を超えれば、本当のアドバイスができる
僕の妻は、緑内障を患っている。緑内障という目の病気は、一度かかると完治しない。進行していく症状を、できる限り遅らせるのが医師や薬の役割になる。
以前、彼女がいつも使っているという目薬を見せてもらったことがある。
薬の種類からさほど症状が重くないとわかり、しばらく心配はしていなかった。
ある日、彼女が僕の働く調剤薬局へやってきた。
「目がかゆくて。いつもの病院でかゆみ止めを処方してもらったの」
処方箋を見て、僕は驚いた。そこに書かれていたのは、三十年ほど前に使われていた目薬。今は、もっと刺激が少なくてよく効く薬が出ている。これは正直、どう考えても適切な処方とは思えない。
「わかった。ちょっと待っていてね」
妻は待合室のソファに座る。僕は調剤室に入ると、「尿が出づらい」と言った飯山さんのことを思い出していた。
「薬が、もしかしたら合っていないのかもしれません。思い切って病院を替えるという方法もありますよ」
慎重に言葉を選んだつもりだったが、彼には伝わっただろうか。
妻の目薬を処方箋通りに用意しながら、同じ思いはしたくないという気持ちが湧き上がってくる。ただ、ここでの僕は調剤薬局の薬剤師。医師を批判することは、本業ではない。僕は心を決めて、彼女に処方箋通りの薬を渡した。

仕事が終わり帰宅すると、いつもの通り彼女が夕飯を用意してくれていた。
食事を取りながら、口火を切る。
「今日の目薬、使ってみた? 」
「あ、うん。使ったよ」
「しみなかった? 」
「うん、特には。これ、しみる薬なの? 」
今、僕の立場は薬剤師ではない。彼女の夫だ。彼女の健康を第一に考える家族として、医師や病院を選ぶ権利がある。
「この薬は… … よくないよ。病院を替えた方がいいんじゃないかな」
彼女は箸を持つ手を止め、驚いた顔をしている。
「そんな… … 突然。小さい頃からずっとかかっているお医者さんなのよ」
「そっか、そうだよね。でも、どうしてその眼科がいいの? 」
「会社から近いし、待ち時間も短いし。それに、やっぱり長いこと診てもらっているから安心できるというか」

処方された薬は古いもので、効き目が弱い上に刺激が強い。僕はそのことを、なるべくわかりやすく伝えた。
「専門外の診察をしたときに、適切でない薬を処方してしまうことはある。医師も全知全能じゃないからね。
ただ、眼科医は目薬が専門だよね。それなのにこの薬を処方するのは、正直あり得ないと思うんだ。
僕は君の夫として、病院を替えて欲しいと思っている」
妻の表情が徐々にやわらいできた。
「なるほど。そういう見方があるんだ。薬の内容で、お医者さんの技量がわかるなんて」
妻は納得して、病院を替えることにした。
僕が知っている中で、一番いいと思う眼科医へ。僕も付き添ったが、そこでは半日以上かけて検査が行われた。
眼圧や視野の検査を何種類も。昔から眼科に通っている彼女ですら、見たことも聞いたこともない検査が大半だった。
「こんなに細かく検査するのね」彼女も驚いていた。
何日か後に結果を聞きに行くと、それぞれに細かく説明をしてくれる。
その後は、一ヶ月に一度の定期検診、三ヶ月に一度の精密検査がある。
そのたびに、検査結果に応じた薬を処方してもらう。
緑内障は、治療をしても症状がよくなるわけではない。薬ができるのは、進行を遅らせることだけ。
だから病院を替えたからといって、よくなったと感じられるわけではない。それでも「やっぱり、安心感が違う」と妻は言う。
緑内障は視野の中で見えない部分が少しずつ増えていく病気で、例えば右目のある部分が見えなくなっても、
左目で見えている場合には気づくのが遅れてしまう。合わない薬を使い続けていたら、気づかないままどんどん悪化してしまう可能性もあった。
「あなたに出会ったことに感謝しなきゃね」
目薬をさした後、少し照れた表情で言う妻。僕は、家族以外の人ともこんな気持ちを共有したい、そう思い始めていた。


文 栃尾江美
絵 山本麻央