【ミンワ経営のすすめ】第7回「修造~全力で未来を切り開く男~」

このコラムについて

「物語の力を学び、経営に活かす」
創業時の物語、危機的状況を乗り越えた逆境の物語、商品やサービスが誕生したときのはじまりの物語、大切な社員たちとの出会いの物語。それらを学ぶことは業績アップの第一歩です。なぜなら、経営とは物語の集まりなのです。

中学2年生の時に、全国中学生テニス選手権大会で優勝した修造は、慶應義塾高等学校に進むも、この頃中学3年生の時に覚えた麻雀にのめり込みます。

しかし、そんなある日、「こんなことばかりしていていいのか?」「テニスがもっと強くなりたいと思っていたんじゃないのか」と思い、厳しい環境に身をおこうとテニスで有名な柳川高校へ転校します。
柳川高校の練習は、厳しくて有名でしたが、それさえも修造には楽しいと思えるものでした。

その後、柳川高校も辞めて渡ったアメリカで、修造は高校に通いながら、名門テニスクラブで練習をしました。そこで多くの外国人選手に混じり練習します。しかし、語学が苦手だった修造は、またこのままではいけないと思い、自分の周囲から日本語の本や、雑誌、音楽など日本語が書かれたすべての物を排除します。日本語を使わないと決め、文章もすべて英語を使って書くようにしました。これによって、一気に語学力が伸びたのです。

大学に進学するために行くと言って渡ったアメリカで、それを無視してプロになった修造。
親からはプロになることを反対され、プロ転向に際し一切の援助を受けることができませんでした。修造はお金の工面に苦労します。執念が身を結び、一つの会社とスポンサー契約を結ぶことができ、年間300万円の資金提供をもらいます。

しかし、このお金はプロが世界を転戦するのに充分なお金ではありませんでした。