【ミンワの経営のすすめ】第2回「世界のホンダを作り上げた、もう一人の男」

このコラムについて

「物語の力を学び、経営に活かす」
創業時の物語、危機的状況を乗り越えた逆境の物語、商品やサービスが誕生したときのはじまりの物語、大切な社員たちとの出会いの物語。それらを学ぶことは業績アップの第一歩です。なぜなら、経営とは物語の集まりなのです。

織田信長に天下布武を説いた沢庵(僧侶)、豊臣秀吉を陰で支え続けた豊臣秀長(実の弟)など、偉業を成し遂げた指導者の周りには影響力のある片腕がいます。

今日は世界のホンダを作り上げたもう一人の男、藤沢武夫の話です。
ホンダの創業者である本田宗一郎の片腕である藤沢武夫は、著書の「経営に終わりはない」で本田宗一郎と出会ったころのことを書いています。

月給制で働いたことがない藤沢が、ホンダで働くと決めたときの妻とのやりとり。

妻 「あなたに我慢ができるの?」
藤沢「私は人と組める男ではない。それは分かっている。だけどこの人(本田宗一郎)は面白い。だからやらせてくれ」

藤沢武夫は、本田という男に大きな可能性を感じました。

ただ、本田宗一郎についていくと決意しながらも、本田宗一郎を値踏みするエピソードがあります。ホンダに入る際に、藤沢武夫は本田宗一郎にこう言ったそうです。

『私は商売人だから、これから一緒にやるけれども別れるときには損はしないよ。ただし、その損というのは、金ということではない。何が得られるかわからないけれども、何か得るものを持ってお別れするよ。だから、得るものは与えて欲しいと思うし、また得るものを自分で作りたいと思う』と。

こんなやりとりがありながらも藤沢武夫は生涯かけて本田宗一郎の夢の実現をサポートします。

この時、本田宗一郎は42歳。藤澤武夫は38歳でした。人生を賭けるに足る相手、信頼して悔いないパートナーだと確信し、はじまったこの出会いが世界のホンダを創ったのです。
そして、この運命の出会いの物語は、今でもホンダの社内で、語り継がれています。

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